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かすみがうらマラソン2019(サブ4請負人物語)

ブログ休止宣言をしてからまだ1ヶ月 。。笑
これは4月14日に出た大会についての、覚え書きです。





あ~、、、

一体、いつになったら、私は、ちゃんとトレーニングする気になるんだろう(; ̄Д ̄)?


2月の北九州マラソンが終わってから、すっかり、気が抜けて、何日経っても、気合いが入らない。
ブログもマンネリ化し、適当に書く自分に辟易とし、休止宣言。

しかし、時が止まるはずもなく、もうすぐ4月14日。。。

そう、
この日の「かすみがうらマラソン」にエントリーしていた私は、この大会をどうしたらよいか、とても悩んでいた。
ガチは、無理。ならば、5:30のペース走、3時間59分59秒狙い、ジョグetc.

当初は、
いつも伴走をしているブラインドランナーさんがこの大会に出るので「あなたを大会で伴走するほど、私は速くないけれど、勝負することなら、出来そう、笑」なんて、冗談混じりにエントリーしてしまった。

でも、サブ3.5狙いの彼と勝負なんて、全く気持ちも乗らず、、、



かすみがうらマラソンの過去の結果をぼんやりと見ていた。

そうだったのか。。。

そこには、年代別覇者として、我が友人「赤い糸さん」の名前が、眩しく光り輝いていた。

すごいなぁ、この季節に、こんな速く走れるなんて。

確かに市民ランナーは、人との比較ではなくて、自分の中でのベストを求めるのだろう。それがあるべき姿だと、私は思う。
そして私も自分のベスト更新を目標にトレーニングをしてきた。

が、私が彼女を意識する時だけは「何か」が違う。

あり得ない位、楽しそうにランニングをし、
あり得ない位、ハーフマラソンが速く、(フルマラソンは、私と同じ位のタイムなのに、ハーフの速さは超人的!)
あり得ない位、ざっくりと本能で走れ、
あり得ない位、まるで子どものように、無邪気におもしろがる。

大会1ヶ月前から、ピリピリし、大会当日は、2時間前には会場入りしないと落ち着かない私。
それに引き換え彼女は、大会でスタート1時間前に最寄り駅到着で十分だそうだ。


私の持っていないものをすべて持ち合わせた、私にとっては別格の、魅力的な不思議な女性。

その彼女が4月というこの時期、こんなに速くフルマラソンを走れたなんて、、、(・・;)

ライバルと言う名の赤い糸。
赤い糸と言う名のライバル。



余計にかすみがうらに挑む気持ちが失せていった。



「今年も出るの?」と3月末に彼女にラインしてみた。
「えっ?マダムも出るの?」

私は、現在の自分の状態を話し「大会はジョグでもしようかと思ってる」旨、伝えた。

と、ここからは赤い糸繋がり。。。

話は弾んで行き、、

数日後には、なんと

私は、彼女のご主人のサブ4ぺーサーの役をすることになった。


なんせ、やる気の無い私。
こんなんで、安請け合いしたサブ4ぺーサーが果たして出来るのか。第一、ぺーサーやりながら4時間切って自分が走れるのか、全く自信が無い。(((・・;)


ただ、引き受けたからには、それなりの結果を出したい。これは、自分を試すという意味でも、決して無駄にはならないことだ。


私は、まず、そのターゲット「K氏」の情報を集めた。

吊りやすい
お腹が痛くなる
自己ベストは、数年前?4時間3秒
直近3月のフルマラソンは途中まで順調だったものの、30km以降で吊り、15分間も走れず、その後何とか完走したそうだ。

どこが吊りやすい?
どのくらいのタイミングで?

等々、リサーチし、私のミッション(K氏のサブ4達成)をどんな風にクリアしたらよいかを素人なりに考えてみた。

足吊り、腹痛、、

ランニングにおいては、ほとんど全て、私には経験が無い。
一度だけゴール後に吊ったことがあるが、これは、ゴール後、すぐに止まってしまったことが原因とわかっているし。

おまけにK氏のランニングを意識して見たことが無いので、要は何もわからないのだ。

そこで、ラン仲間に聞いたり、自分の数少ないフルマラソンの経験を思い出し、策を練る。

スピード練習のコーチに教えていただいた北九州マラソンでの走り方。これも大いに参考になる。



そんなことを考えているうちに、私には「やる気スイッチ」が入った!

サブ4達成は彼のプライドだが、それ以上に、私のプライドなのかもしれない。



前置きが長い。。。笑。


当日、天候は、降水確率高く、気温が高いとの予報。あまり良い条件ではない。

もしかしたら、無理かも。。。
心のどこかで40%位は、そんなことも考えていた。

追い討ちかけるように、私自身、1週間前から気管支炎を患い、しかも数日前からは珍しく腰痛発症のダブルパンチ!

私が完走すら、本当に危うい現実。
しかし、出来る努力は惜しみたくない。


今回のコースは、ブラインドランナーさん用に、触地図作成と、動画の文字化をしたこともあり、私自身、初めてとは思えない位、コースを読めていた。
前半はアップダウン。後半は、フラットの細い田舎道。

坂の数や、それが何キロ地点なのか、そして、それがどのくらい続くのかまで、頭に叩き込んでいた。


基本は、薄~く薄~く体力を消耗させて行くこと。
女性だとこの方法が通用するが、男性だとどうなんだろう?でも、女性の方が一般的には後半の崩れが少ないのだから、やはり「突っ込み厳禁」で行こう!


号砲が鳴り、ランナー達が動き始める。
ロスタイムは2分とちょっと。

落ち着いてスタート。


サブ4のための計画は、最初の5kmは、28分30秒。
それ以降は、28分をオーバーしないように5km毎のラップを刻む。
平均ラップをキロ5:35とすると30kmで2時間47分30秒。

まずはそれを目標にペースを刻むことにした。


最初の5kmラップは、28分25秒、(^_^)v
なんて素敵なラップ!!

K氏は10km毎にジェルを摂ることにしていると聞いていたので、10kmでは、声かけ。
「ジェルを摂りましょう!」

27分48秒。「順調です。」

しばらくは、平坦な道が続く。

声かけをする。

魔法の言葉があるんですよ、平坦な道の時には頭の中で唱えてください。

「自分を機械だと思って、とにかく同じテンポで歩を進めてみてください。『私は機械、私は機械、、、』とね。無になって、ただただ機械になって、進んでください。」

15km。27分35秒、、ちょっと速いなぁ、、

でも声かけは「順調です!」

これまでのK氏のレースでは早い時は15kmで吊ったことがあるそうだったので、声かけ。

「足はどうですか?」
「少し疲れていますがまだ大丈夫です。」

( -_・)

まだ15kmなんだけど、、、
K氏の「疲れ」という言葉が気になった。
この先のキロ数と体力の配分、、、
今は速くならないように、薄~く薄~く体力を使おう。。。

20km。ジェル摂取の声かけ。

この5kmは28分38秒。
28分以内の目標を越えてしまったけれど、上り坂はゆっくりの走りにしているので、これは、必要なオーバー、どこかで帳尻合わせよう。間違った判断はしていない。(と無理矢理、自分を納得させる)

ハーフ過ぎからは、下り。下りきったら、あとはひたすら我慢のフラットな田舎道。

25km地点、27分24秒。下りでスピードが上がったが、直前5kmが遅れた分の取り返し

K氏、足に吊る兆候(;゜゜)

は~い!秘密兵器!

ウエストポーチには、サロンパススプレー缶!

これが効く効かないは、ともかく、脳にいい刺激になるはず。。(という持論、笑)

「止まらないでくださいね。リズム崩さないように!走りながらで構わないので、吊ってしまいそうなところ、、どこですか?教えてください。」

と伝え、足首上の辺りにシューッ!

いよいよ、30km。

時計を見る。。。

2時間47分21秒

なんと、目標の2時間47分30秒に、9秒しか違わない!しかも、うちわに収めている。なんて、素敵なパフォーマンス!

予定はしていたものの、さすがに自分でも驚いた。

これなら、この先は、キロ5:50になってもおつりがくる(^o^)v

「いいタイムですよ!ここからは、5:50でもイケるから!」




しかぁし、マラソンは30km以降からがドラマ。。。覚悟はしていたものの、

足が吊り、大臀筋が吊り、、、ついには、停止。。。


サロンパス、( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

でもやはり痛そうだ。。

しかし、再び、足を動かしてくれる。
給水所では、スポーツドリンク、携行しているジェル、塩等々、、K氏も用意周到。

私は、自分用に、3つのジェルを携行していたが、今回は、そんなに摂らなくても良さそう。

というわけで、自分の持っていたカフェイン入りジェルも、摂ってもらった。


35km地点では、29分4秒かかってしまった。

「我慢我慢、、、ここで諦めたらもったいないからね」
「ほら、あと6km!」
「肩の力抜いて~」

もう、だいぶ減速となっている。
30km地点であった貯金もかなり使ってしまっている。



40km地点が近づいた時、私は考えた。
「今出来る気分転換はなんだろう?」

ここまでの走りとは違うスタイルで走ったら、ほんの少しかもしれないけれど、脳に刺激が入り、ラストを乗り切れるのでは?いや、乗りきってもらわないと!

40km、29分54秒。

脳に刺激。。。
「そのウエストポーチ、私が持つので、外してください。ラストは軽くなって走りましょう」

と提案。

K氏、かなり疲れた表情。
ウエストポーチを外してくれた。

さあ、いよいよ、ラスト!


私は、大きな声でK氏に叫び続けた。

「4時間2秒じゃダメなんでしょ~っ!!」
「サブ4、でしょ~~!!」
「残っている力、絞り出して~~!!」
「それじゃ、ジョグっ!走って走って~~!」
「絶対、イケるんだから~~~」
「諦めない、、、絶対に諦めな~~~~い!」


周囲には、K氏と同じような走りのランナーが多数。

私の叫びに、、、ドン引き。。してる、だろう。

中には、「元気もらえました!」と話してくれるランナーもいた。

が、周囲の皆さん、ごめんね。


試みに私は少しだけペースをあげてみる、、が、距離が出来てしまうだけ。


残り1km。

もう、時間が無い。
そして、グロスでのサブ4は出来ないのが決定した
( ´_ゝ`)。。。


「ほら~~~~っ、走って~~~!!イケるんだから、、、ここまで頑張ったんだから、、、絶対サブ4なんだから、、、やらなきゃ、もったいないよ~~~~~」


私は、第4コーナー回った競馬の騎手が如く。
もう、なりふり構わず、

馬のお尻を叩く叩く叩く%*~#♭@☆~

(実際は叩いちゃいませんが)


このコース、ラストは、右に左に何度も曲がることを思い出し、、、

最後の右折を終えたところで、finishのゲートが見えた!


「ほら~~~~~、もうfinish~~~~、イケるイケるっ!!!」



サブ4だぁ~~~~~~~~!
イエ~~~~~~~ィ!!!
やったぁ~~~~~~~!!!!


私の手元の時計では、確かに4時間を切っている。
K氏と、固い握手!

「切ったね、切ったね!」
「私の時計だと3時間59分52秒ですよ」

「え?そんなギリギリだったの?」

「そうよ、、だから、あんなに叫んだんだもの、、笑笑笑」


K氏、とにかく完走証をもらわないと心配というので、発行してもらい、

あらためて、サブ4確定を実感してもらった。

3時間59分52秒。
おめでとう~~~~~~~~!



彼は、芝生に寝っころがり、喜びを噛み締めながら、足を吊らせている。。。

「もう、どれだけ、吊っても構わないや」と、痛がりながら、喜びながら、のたうち回る。


正直なところ、私は、全く疲れていなかった。
ミッションクリアの嬉しさが、こみ上げる。

あんなに走ることに対して、マイナスになっていた私が、赤い糸さんのちょっとしたひと言で、このミッションに取りかかり、達成し、自分のモチベーションを上げることができたのだ。

(かなりのドヤ顔。。。)


以上、かすみがうらマラソン2019では、新たなランニングの世界を構築したのでした!

by サブ4請負人

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振り返り



ブログを書き始めたのが2014年10月からでしたので、4年半。
前十字靭帯再建手術から3年。


ランニングのきっかけは、末娘に誘われた2013年3月の第1回古河はなももの10km。
ほぼ、軽~い気持ちで、練習らしきものも数回だけで生意気にも、「行ける!」と出場し、目標50分を切って走れたことに、だいぶ気分を良くした。
「もしかして、私、長距離大丈夫な人??」と、若干の興味を持つこととなり、その後は継続しなかったものの、心の中に「ランニング」というジャンルの空の引き出しが出来上がった。


本格的にトレーニングを開始したのは、2014年1月。5年前。56歳でした。

初フルは、今思えば、ネガティブスプリットでゴール直前のトラックでは、これまで経験したことのない、快感で、笑、、何十人かをごぼう抜きし、


その後は、当然、ランニングに没頭の日々となった。


「サブ4とは、4時間切ることか。」

ランニング用語もほとんどわからずも、4時間切るのは、市民ランナーの通り道らしきことを知り、

2本目のフルマラソンでは、それを意識。
3時間51分台。

怖いもの無しで、
タイムを縮めていくことが面白くて仕方なかった。

初めて3時間40分を切った2015年10月の別海パイロットマラソン。3時間37分48秒。
まだまだ、速くなりたい。。


しかし、

その後、2016年1月に、ランニングに打ち込もうと、それまでランニングよりもずっとずっと前からクラブライフを楽しんできたテニスから、すっかり足を洗い、ランニングに集中と思った矢先。

右膝前十字靭帯が無くなっていたことが発覚。手術。松葉杖から、次は大きなコルセット。ほんの少しの坂も痛くて歩けない。右足筋力はすっかり衰え、それを少しでも回復させるための長いリハビリ。

でも、なぜか「不安」は無かった。今日のリハビリを頑張れば、必ず明日は前進する!



それから2年半が経過した2017年11月の大阪マラソンで走力が戻ったか、3時間40分2秒。


術後の膝は、ほぼ、影響無くなったものの、私にとって、3時間40分の壁は分厚く、切り崩せないまま、それでもランニングライフを楽しんだ。

2018年は春、夏も、練習と旅ランを楽しむ理由で、黒部や函館に出向く。

函館は体調不良で、後半は歩き、自分でも、なんでDNFしないの?と、苦しいのに笑えるほど、「ゴール」することにしがみついた。


ランニングも
始めた頃からはだいぶ変わり、

障碍者の伴走、、
これは、ボランティア的な意識は全く無く、単に「一緒にランニングを楽しむ」ためのもの。
一人より、トレーニングも頑張れたり、会話をしながらのジョギングは、ランニングライフに、上等な「出汁」を染み込ませ、たくさんの「おかず」をのっけたみたいな、味わい深いものとなった。

特にメインで伴走をしている30代後半の男性と走る時は、同じくらいの走力のため、自分のトレーニングとしても、今も助かっている。


2018年秋からは、定期的にスピード練習会にも参加し、、、素晴らしいコーチにも出会った。


そして、2019年2月。

何とも情けない、撃沈レースだったが、3年半ぶりの自己ベスト。3時間34分2秒。

この北九州マラソンは、後半32kmから、ずっと追い風の海沿いを走らなければならず、覚悟はしていたものの、残り10kmは、大苦戦。

しかしあれ以上は、どうすることも出来なかった、とんでもないレースだった。

記録という意味では、確かに目標の3時間35分切りだったし、自己ベストを3分46秒縮めたものだったし、年代別1位もいただいたが「ランニング」としては、どうなんだろうね。

その後、ポカ~ンと、、、ずうっと大会ロスが続き1ヶ月。



そろそろ、目覚めよう!走ろう!
自分のランニングライフを極めよう!

今、そんな気持ちで、年度末、平成ラスト数ヵ月を迎えています。

ブログは、自分の覚え書き。
しかし、読んでくださる方、コメントをくださる方々は、本当に励みになりました。

長らく、皆様が気に留めてくださった私の拙いブログですが、一旦、休止いたします。

もちろんブログを長期お休みしても、これからも、私は走り続けます。

ランニングが好きな方、
かつてランナーだった方、
今は走れない方、
ランナーを応援してくださる方、
伴走付きで走っている方、

ランニングに興味を持っている全ての方々と、時間、空間を共にし、走り続けたいと思います。

そして、大会に出た時には、記録として、ブログに書き記すかもしれませんが、それも未定。


皆様ありがとうございました。


《大会履歴》

2013/3 古河(10) 49:48(番外ラントレ以前)

2014/3 古河(フル) 4:20:54(初フル)
2014/7 葛西(10) 49:20
2014/11 江東(ハーフ) 1:42:09(初ハーフ)
2014/11 湘南(フル) 3:51:17

2015/2 東京(フル) 3:53:00
2015/3 古河(フル) 3:42:36
2015/8 マス(10,000m)47:26:15(初トラック)
2015/10 別海(フル) 3:37:48
2015/10 ター(10) 46:56
2015/10 しま(フル) 3:57:57
2015/11 渡良(ハーフ) 1:41:33
2015/12 湘南(フル) 3:50:59
2015/12 マス(ハーフ) 1:48:20

2016/4 前十字靭帯再建手術

2017/2 神奈(ハーフ) 1:46:46
2017/3 古河(フル) 3:56:34
2017/10 30K(35) 3:15:09
2017/10 手賀(ハーフ) 1:44:22
2017/11 大阪(フル) 3:40:02
2017/12 ベア(30) 2:34:34

2018/1 フロ(ハーフ) 1:47:02
2018/2 神奈(ハーフ) 1:55:28(胃痛で後半ジョグ)
2018/2 北九(フル) 3:40:38
2018/3 名古(フル) 5:44:25(娘の伴走)
2018/4 葛飾(ハーフ) 1:48:28
2018/5 黒部(フル) 3:42:28
2018/7 函館(フル) 4:49:58(胃痛膝痛で後半歩き)
2018/10 手賀(ハーフ) DNF(膝痛5Kでリタイア)
2018/11 大阪(フル) 3:40:55
2018/12 ベア(30) 2:32:45

2019/2 北九(フル) 3:34:02

東京マラソンどっぷりの週末



先週末、
土曜日は東京マラソン、エキスポのボランティア
日曜日は東京マラソン、応援隊

マラソン、マラソン(自分は走らないけれど、)の土日だった。

エキスポボランティアは初めての経験だったが、これはなかなか楽しかった。

担当部署は、ナンバーカード受け渡し及び写真撮影の、チャリティーでの申し込みした方々のレーン。
(つまり、10万円支払ってエントリーされた人々の登録!)

お名前確認、写真撮影、ナンバーカード渡し。

やっていくうちに、口から弾丸のように、、自分で言うのもなんだが、流暢に言葉が飛び出してくる。(これ、得意分野なんで、、)

エキスポボランティア最高!(来年もやりた~い!)

で、翌日の応援だが、、
あいにくのお天気の中、朝、6時34分に集合する最寄り駅着で、まるで選手の気分で出向いた。
寝坊してはならないと、緊張のあまり、起床は、2時30分。
(~O~;)

そこから結局、眠ることなく、応援隊突入。


応援箇所は、市ヶ谷防衛省前、両国、内幸町の3ヶ所。ここをタイミングよく移動しながら、クラブメンバーの出来るだけ多くを見つけ、応援していく作戦だ。

あいにくの雨。気温も低い。
監督からのお達しで、傘をさしての応援は、禁止となると、レインコートを着ていても、結局ずぶ濡れになり、ものすごく寒い。

でもそれ以上に、選手達は当然、ずぶ濡れで走っている。皆、頑張ってる。

自然と、こちらも声を張り上げてしまう。

特に40km地点では、

クラブメンバーだけでなく、どの人にも、、、

せっかく当選した東京マラソン!
最後まで頑張って!楽しんで~


ご一緒のまよねぇさんと声を合わせる!

それにしても、皆、きつそうだ。


あ、ツカゴロウさんだ!

「ツカゴロウ~頑張って~~あと2キロ~!」

意識が遠退いているのか、いつものツカゴロウさんがそこにはいない。フラフラになりながら、こちらに寄って来ようとしたので、

「いいから、そのまま、まっすぐ行って行って~!」

心配だったが、その後、ツカゴロウさんのゴールも、応援ナビで無事確認。(悪天候の中、なかなかのタイムでした!)



私達、応援隊は、クラブメンバーの最後の一人まで見届け、終了となった。


ONE TOKYO、東京マラソン2019の長い1日。

今年は3月に開催されたが、2月末の方がお天気安定していて良かったな、などと感想を残し、恒例行事(東京マラソン応援隊)は、今年も無事、幕を閉じた。


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アフター「北九州マラソン」

昨年に引き続き、今年も同じ大会に出ることになり(今シーズンのメイン大会は、大阪、北九州と、昨年と全く同じ)、大会当日は、夜、長女の親戚の人たちとの食事会。
翌日は、次女の親戚。

前泊と合わせると、どうしても3泊4日の日程となってしまうが、つまり、大会が終わった後の日中は、フリータイム。

昨年は、小倉城、門司港レトロ、博多、大濠公園
などに出向き、近隣はおおよそ把握したので、

今年は。。

大会翌日は、大分県に行って温泉浸かろう!

隣の県だから近い?と思いきや、
距離は小倉から133km、交通費は往復で8,460円也。
(結構な遠出&出費。。。)

いいんだ、いいんだ、
どうせ、別大出られる実力は無いし、こんなことでもないと、大分県に足を踏み入れる機会もなかなか無いんだもの。

と、やや、ふて腐れ気味(ー。ー#)

地元に古くからある砂湯や、それに伴うディープな温泉にも興味はあったものの、

やはり、ここは女子!

お天気もいいし、駅近(大分駅直結)の「City Spa天空」に行ってみることに。


電車では、



小倉からの小旅行気分で、お弁当。

大分までは、特急で1時間30分ほどかかって到着。



少し時間があったので、しばし、駅近くを散策。

赤レンガ館、大分城址公園、美術館(触ってよい恐竜の化石が展示されていた!)の順に1時間程度歩き、



そして、駅に戻り



目的の温泉施設へ。


(画像はHPからお借りしました)

「ひなびた」感は全く無いものの、この景色は、看板に偽り無し。
天空露天風呂以外にも、岩盤浴等々、いろいろな施設があり、おまけに、平日昼間とあって、ほとんど利用客もおらず、フルマラソンで疲れた身体に、温泉が染み入った。



そして、翌日。

この日は大雨。

チェックアウトして向かったのは、門司港駅。



昨年はここで散策して戻ったが、今回は、下関(つまり、本州、山口県)に渡るという計画。

前夜、会食した親戚から、
「人道トンネルというのがあって、海の中を本州と九州を歩いて渡れるんですよ」と聞いて。。


せっかくなので、まずは門司港から船で巌流島を経由し、その後、下関に渡ることにした。

巌流島は、門司港から船で10分ほど。
しかし、この大雨で観光客は誰一人おらず、船のお客は私一人。巌流島で下船したものの、次の船が迎えに来るまでの45分間、島には私一人。

つまり、、、
まるで島流しにあった老婆。。。
(下の写真の右真ん中が船で移動する際の海の様子、笑)




それでも、無事、迎えの船が来て、、

下関~


ふぐ丼を食し


たくさん歩いて、
着きました!人道トンネル!





これは、国道2号線。
ここを780m歩くと、門司に行かれるのだ!
しばらく行くと、こんな看板が、



そしてさらに歩いて、県境!



あら、もう、九州到着!





関門橋をくぐり



またまた歩いて歩いて、
門司港駅周辺に戻ってきた。



門司港を出てから3時間ほどの冒険??
しかし充実した時間だった。



今回のアフター北九州は、福岡県、大分県、山口県の三県に足を伸ばすことが出来た。


*天空温泉、絶景だったな。。
*巌流島、誰もいなくて、ちょっと怖かったけど、これはなかなか貴重な体験だったな。。
*歩いて本州→九州(もちろんその逆も)というのは、おもしろかったな。。

そして、飛行機からの景色も、絶景。。






旅ランの醍醐味。
ランニングに出会ってこその、とっておきの贅沢でした!

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今シーズンラスト「北九州マラソン」

約1ヶ月ぶりのブログです。

ブログを休んでた理由は、

特に無いのですが、週末が終わる度に「書かなくては」と、自分で自分の首をしめていく。これでは本末転倒だ。
今、自分がやるべきことは?


走りに集中すべし!

という事情。
(だからといって、それほどトレーニングを積んだわけではないのですが)

と同時に、レース1ヶ月前ともなると、緊張が始まる。

元来、生まれもっての性格は「超神経質、悲観主義」。
それを徐々に治し、今やだいぶ「アバウト人間」に変わったはずなのに、大会前は、大元の自分に。。
どうしてもあれやこれや、考え過ぎてしまう。

平静を装っても、内面ではほぼ引きこもり状態。大会を楽しむなんて、とんでもない!


というわけで、、
この1ヶ月、内面は引きこもっておりました、笑。



昨年から2年連続での出場です。
昨秋以降、今シーズンは、11月の大阪マラソンとこの北九州マラソンのみ。

大阪では、30kmからの膝の痛みに泣かされ、前年より53秒遅い結果。

膝手術後、3時間40分を切るレースがない。

振り返ってみたら、手術後のまともなタイムは、
3時間40分2秒(2017大阪)
3時間40分15秒(2018北九州)
3時間40分55秒(2018大阪)

全て安定(笑)の40分の分厚い壁(;´д`)

どうやったら切れるんだろうな。


昨8月中旬からは、毎日腹筋500回(やらなかったら翌日累積していく縛り)、
昨秋からは、週一でスピード練習、
さらに昨12月からは体幹トレーニングも増やし、

それなりにやれることはやってきた(つもり)。



当日、スタート前の整列時、

天候は曇りから晴れ
最高気温9℃
午後からは風が強くなる可能性

と、MCの声が響く。

昨年、門司港レトロからの最後の折り返しから強風で体力を全部奪われたことを思い出す。


今回のレースを
私は5:10でスタートしたかったのだが、

コーチからは、

「6:00で走っても7:00で走っても、結局は疲れるのだから同じことよ。
この間の20kmの走りを見ても、余裕で5:00で走れていたんだから、今回はシーズンラストだし、せっかくだから、4:55~5:00で行きましょう!
上り坂で5:10になっても、それは5:00のスピードをキープ出来てるのと同じだから焦らないこと。
そして、30kmで2時間30分より、どのくらい早いか遅いかをチェックして、残りをどうするか、計算するようにしましょう。
この30km地点で仮に2時間30分だとしても、その後5:30で行ければ、自己ベスト更新なんだから、大丈夫!」


と事前にアドバイスをいただいていた。

20kmなら大丈夫だけど、倍以上ですよ~。
今年に入って30kmを4:52で走ったけれど、あれは、ひとっつも余裕無かったし(~O~;)

5:00か。。。

いよいよ、スタート。。。

自信は無かったが5:00を切って走ること自体は、最近は怖さが無くなっている。

喪失しそうになる自信を、おさえる言葉を必死に思い出す。呪文のように唱える。

コースは↓↓↓



私のいるSBブロックは、エントリーの関係で、Aより前(^_^;)。

と、斜め前方に昨年の(同じ)年代別1位の人が並んでいる。(何と、目ざとい!)

う~ん、この人かぁ。。
速そう。。(気持ちですでに負けている、泣。)

スタートからしばらくは、後ろAブロックランナーが、どんどん抜いていく。
ここは落ち着いて、、、と言い聞かせ、5:00→4:55をキープ。
そして、昨年1位の人は、あっという間に見失うことに。

いいんだ、いいんだ!
私は私だもん(そんなこと無いくせに、(^^;;)。

しばらくは、軽い上り坂だが、スピードは、4:55のまま進んで行く。
苦しさは全く無い。
速くなってしまいそうなスピードを抑えつつ。。

しかし、「5km頂上の坂道を越えれば、あとは平坦、」と思っていたコースには、実は、さざなみのようにアップダウンがあり、速度キープが難しい。

途中14.5kmで
娘の嫁ぎ先両親が応援してくれていた!
予定通り無事会えてホッとする。

ハーフを過ぎた辺りからは、海沿い。しかし、まだ風の影響は無さそう。

25km。
双子のもう一人の嫁ぎ先お母様とその従姉妹さんが応援!
これまた、無事予定通り。

元気をいただく。

そして、いよいよ佳境。。。

30kmの時点で、時計を見る。
2時間26分50秒。
まだ、時間には余裕がある。

30km過ぎの門司港レトロのロータリー。

ここで、14.5kmで応援してくれた親戚が移動していてくれるはずなのだが。。。

(´д`|||) いな~い!

えっ?もうひとつの折り返しのところ??

う~ん、こちらにもいな~~~い!

私は見落としてはいないはず。
仕方ない。このまま進むしかない、と気持ちを切り替えて、一番厳しい折り返しを曲がる。

突然、強風が私の体力を奪い始めた。

う、、苦しい。
足が前に出ない。。


と、これまで気にならなかったサブ3.5集団の位置が気になり始めた。(後ろ向きになり始めた時点で負けてる。)

折り返しのところで集団の位置を確認。

32kmからは、どうにも足が動かなくなってきた。

「37kmでは25kmで応援してくれていた親戚が待っててくれてるから、もう少し、頑張ろう!」

頭の中でいろんな言葉がグルグル回り始める。

リタイアしたい。。。

意識が朦朧としてくる。。最後のジェルを出そうとしても、その力も残っていない。かといって、ここで立ち止まったら、二度と走れなくなる。

ついに、
37km地点で、サブ3.5集団に飲み込まれ、そしてついていけなくなった。

ちょうど、親戚を探そうとした時だった。

こういう時、本当は、もっと食らいついていくことだけを考えるべきなのか。

いずれにしても、もう、全く動かない身体。

32kmで足が売り切れ、37kmで心も売り切れ、全て「完売御礼」

しかし、我慢我慢を繰り返し、あと4km。

やっと「止めたい病」がおさまり、あとは、いつものトレーニングする公園の1周分とちょっとと思い、


まるで、チューブの中の残りわずかなマヨネーズを力任せに絞り出すように、、、

しかし、幽霊のように朦朧とする中を走った。


ゴール直前では、門司港レトロで会えなかった親戚が待っててくれてる。。。
(゜〇゜;)(゜゜;)(。。;)


え? い、いな~い!


と、ともかく、

あと、70m位!

すぐそこが、、、遥か彼方。。。。。


それでも、ゴールはありました。

3時間34分2秒。

3年半ぶり、自己ベストを3分46秒縮めてのゴールだった。

が、

全く情けない、後味の悪いレースだった。

それでも、これ以上、何もやりようがなかったのだから、全力を出しきったのかもしれない。

年代別も、昨年1位だった人に、今年は、10分ほど差をつけてのゴールができた。
もっと、喜ぼうよね。。

でもな~~。(自分にキビシイ~~~~)


納得出来ない走りに、何度も何度も自問自答。

そしてゴール後、すぐに、その会えなかった親戚を探しに応援の場所へ戻ってみた。

いたいた!
( ^∀^)(*´∀`)


どうやら、電車遅延だったり、応援場所とタイムを勘違いされていた様子。間に合わなかった、と。

追っかけ応援の難しさがよくわかったとのこと。

「来年は、大丈夫ですから」

(゜ロ゜;ノ)ノ

(ワタシ、来年もこの大会出るん、デスカネ。。)


振り返りや観光等については、来週に。
m(__)m

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